
主従という関係になる、少し前のことだった。
その頃の私たちは、まだ「主」と「愛玩」ではない。
互いの嗜好を探るように、いろいろなSMプレイを愉しんでいた。
そんな中で、ふと私の中に芽生えたのが、
「この女を、縄で縛ってみたい」
という欲だった。
SMを好む男なら、一度くらい同じことを思ったことがあるのではないだろうか。
目の前にいる女の身体に、自分の手で縄を掛ける。
自由だった身体が、一本の縄によって少しずつ自分の意のままになっていく。
当時の私には、まだ緊縛の知識などほとんどなかった。
ネットで簡単な縛り方を探し、それを見ながら見よう見まねで縄を掛けていった。
今振り返れば、「緊縛」などと呼べるものではなかったと思う。
ただ縄を手にして、二人で愉しんでいた。
縄遊び――。
そのくらいのものだった。
それでも、自分の手によって愛玩の姿が変わっていくのを見るのは新鮮だった。
いつもの彼女の身体に縄が加わるだけで、そこには普段とは違う艶めかしさが生まれる。
その姿を眺め、写真にも残した。
思っていた以上にいい画が撮れたこともあり、その日の縄遊びそのものは十分に愉しめた。
ところが、気になることが残った。
縄を解いたあと、愛玩の身体に縄の痕が残ってしまったのだ。
二人だけの時間の痕跡を、日常にまで残してしまうことが気になった。
どう締めればいいのか。
どこまで力を掛けていいのか。
身体のどこに縄を通せばいいのか。
そんなことさえ、まだ何も知らなかった。
愉しさと同時に、
「このまま見よう見まねで縛っていていいのだろうか」
という思いが残った。
そして私は、それをきっかけに縄から遠ざかっていった。
この時はまだ知らなかった。
一度手放したはずの縄を、年月を経て再び手にすることになることを。
そしてその縄が、やがて私と愛玩の性愛の中で、特別な意味を持つようになることも――。
